本棚の風通しをよくしたい

自分が続けている活動を続けるべきか悩んでいるなら、次それをしたあとに「やってよかった」と感じられるかどうかで決めるのがよい。

負荷がかかるけど成長できることは、やる前は勇気が要るから辞めたくもなる。判断するタイミングは毎度勇気を出したあと。

その上で、「うーん、あんまり面白くなかったな。疲れるだけだ」と何回も思うのだったら、辞めることを検討してもよい。

「継続は力なり」は、力になることのみに当てはまる。

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Mybrary部が始まった。自分が心から広げてゆきたいアプリケーションを制作し広報する部活。

本当は同じ楽しさを感じてくれる仲間と〈みんなで遊ぶ〉をしたい。

だが、そう思ってはいても、今の充実したフォーメーションを組んだ生活の中に、自分考案のプロジェクトに取り組む時間が普通にあるのがめちゃくちゃ楽しい。

以前、お金が無くなって労働を始める前の段階では、今より遥かに多くの時間Mybraryの開発をしていたが、その頃よりも楽しい。きっとMybraryをつくるだけの人生じゃないからだ。

走ったり、教えたり、人の役に立ったり、規則正しいリズムで寝食をして、本を小説、人文書、詩、エッセイなど様々読んだり、クラシックを聴きコーヒーを飲みながら文章を書いたり、自分主催の読書会をしたり、習い事で身体文化に向き合ったり、たまに歌ったりピアノに触りながら、Mybraryも作りたかったのだ。

人は一つの活動を目的として生きるのでは無い。様々な活動が有機的にむすびついて、あるリズムの中で生きるのが人なのだ。

Mybraryをつくり続けるにはたしかに「仲間」が必要だと今も深く思うが、それ以上に、「生活のリズム」が不可欠だったのだと今なら分かる。適切なタイミングと環境を添えてやりたいことを配置する。一度制作から離れて、思いもよらぬ発見があった。

苦しみが続くのなら一度離れる。遠くから見れば何が足りないのか、いずれ分かる。

すると人生の「使命」からも解放される。

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街のスタバではクリスマスソングが流れ出し、いよいよ年末を意識する時期になってきた。この雰囲気を味わうのもあと五十回ほどだろうか(希望的に考えて)。

抱負というのはまだ決めていないが、本棚および床に溢れ出た本をなるべく読み、読まなそうな本を整理することで、家の本棚の七割から八割程度は読了している状態を保ちたい。いや、「未読本を十冊程度にする」という方がイメージがつきやすいか。そうなると九割以上の読了率になる。

積ん読はあって勿論いいのだが、それが多いと「まだあれもこれも読めてない」ということで、新しい本を買うときのブレーキになっているのを改善したい。

あと、すぐ傍に美味しい文たちがたくさんあると、大体のものを賞味したくなってしまう。それらは一度本屋などで美味しそう、と家に連れ帰った文たちであり、自分の身体に今でもまだ合いそうなら、食べておきたい。

棚の読了と未読を循環させて、風通しを良くしたいのかもしれない。本棚の動的平衡を保つのだ。つまり棚は生命であり、破壊(読了あるいは整理)と生成(購入あるいは貸与)を良いバランスで保ちたいという欲望があり、それが僕にも伝播している。

今は「生成」が多く「破壊」が少し遅れ滞っている。

これも良いバランスに戻していくのが、来年の目標の一つである。

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日記本は出来事を起点に、色んな方向へ飛んだり潜ったりできるのがよい。どのような文にも地べたの土の匂いが残る。

2024.12.7(土)〈『百日の孤独』27日目〉


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